宇都宮家庭裁判所 平成10年(少ハ)2号 決定 1998年3月05日
本人 T・K(昭和53.2.14生)
主文
本件申請を棄却する。
理由
(申請の要旨)
本人は、平成9年3月12日宇都宮家庭裁判所で中等少年院送致の決定を受けて、同月14日久里浜少年院に収容され、少年院法11条1項ただし書による収容継続がなされたものであるが、平成10年3月11日をもって収容期間が満了となる。
本人については、葉物の使用と反社会的集団との関係を断つ決意を固めさせることなどの個人別教育目標を定めた上、教育期間を11.5か月と設定していたものである。本人は、平成9年12月1日に出院準備教育過程に編入されており、右教育目標については達成の方向に向かっていて、現状の成績で推移すれば、平成10年3月中旬ころに出院可能となる見込みである。しかし、本人の生活歴、行動傾向等に鑑みると、出院後の本人が、実際に薬物の使用や反社会的集団との関係を断絶し、安定した社会生活の基盤を作り上げていくことは容易ではない。そして、本人を受け入れる予定でいる実兄の監護能力が十分ではないことにも照らすと、本人に対し出院後も専門家による指導と援助を施すことが必要である。
よって、本人については、収容期間満了後に約3か月の保護観察期間を確保するため、平成10年6月11日までの収容継続の決定を求める。
(当裁判所の判断)
1 本人は、幼少時に両親が離婚し、親権者となった父親の元で成育することとなったが、小学校4年のころから窃盗や家出等の問題行動を起こすようになり、養護施設や教護院への入所の措置を採られた。しかし、本人は、施設に入所しても、窃盗、恐喝、シンナー吸引、無断外泊等の問題行動を繰り返し、乱れた生活を送っていた。本人は、平成5年10月に所在不明のため措置解除となり教護院を退院したが、その後も嫌っていた父親の元には戻らず、友人宅等を転々とし、たまに鳶職として稼働するのみで不安定な生活を続けていた。また、本人は、平成6年に16歳になってから、覚せい剤を購入して使用するなど非行を拡大させていった。もっとも、本人は、平成8年に入ったころ、実兄の妻の実家で実兄らと共に生活するようになり、以後実兄が経営する会社で鳶職として稼働し、多少落ち着く傾向もみられた。しかし、本人は、同年9月ころには家を出て、暴力団「○○組」に出入りするようになり、更に、平成9年1月には「○○組」の組員として登録され、同年2月1日からは組事務所に寝泊まりするようになった。そして、本人は、同年2月5日に覚せい剤を使用した非行により、後日緊急逮捕され、同年3月12日当庁で、中等少年院送致の決定を受け、同月14日久里浜少年院に収容された。
2 少年院収容後の本人は、当初、日課に対する取り組み姿勢に覇気がみられず、職員の助言と指導を受けたが、中間期前期教育過程(2級上)に編入されても投げやりな態度が改善されず、調整処遇による指導を受けた。その結果、本人は、自分自身を振り返って反省し、あきらめずに課題等に取り組んでいこうとする意欲を持ち始め、中間期後期教育過程(1級下)に編入されてからは課題等への取り組みは積極的で、暴力団の問題性を理解して少年院長宛に自筆の暴力団離脱誓約書を提出するとともに、薬物の及ぼす悪影響についても認識を深め断絶する決意を持つようになっていった。そして、本人は、平成9年12月1日に出院準備教育過程(1級上)に編入され、問題行動をとることもなく、出院後の生活を意識して院内での日課に取り組んでいる。なお、本人は、出院後、実兄の元へ帰住し、同人が経営する会社で鳶職として稼働する予定である。
ところで、久里浜少年院においては、本人について、薬物の使用と反社会的集団との関係を断つ決意を固めさせることなどの個人別教育目標を定めた上、院内の教育期間を11.5か月と設定していたものであるところ、本人に対する前期の処遇経過は、概ね順調に推移してきたものということができ、本人の更生意欲も窺えることにも照らすと、右教育期間の終了又は収容期間の満了に際して、矯正教育の所期の目的はほぼ達成されている状況にあるということができる。
3 ところで、本件申請の理由として、本人については、出院後に保護観察の期間を設ける必要があることが挙げられている。
少年院法11条4項、2項によれば、在院者の収容を継続するには「犯罪的傾向がまだ矯正されていない」ことが必要であるが、犯罪的傾向が矯正されたか否かを判断するには、院内矯正教育の達成度のみならず、その帰住先や受け入れ態勢等の諸要素も総合的に考慮に入れる必要があるから、保護観察の期間を設けることを主たる目的とする収容継続についても、必ずしも許されないものではないというべきである。もっとも、同法11条1項ただし書によれば、在院者が20歳に達している場合には、「送致の時から1年間に限り」収容を継続することができるものとされており、これは院内での教育期間のみならず、仮退院後の保護観察の期間をも含めた収容可能期間を定めたものと解すべきであるから、右の趣旨に照らすと、右法定期間の満了に際して矯正教育の所期の目的がほぼ達成されている状況の下では、保護観察の期間を設けることを主たる目的として更なる収容継続を行うことは原則として許されるものではなく、保護観察を実施すべき特別の事情がある場合において、必要やむを得ない期間に限り、収容を継続することができるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、なるほど、本人の従前の生活歴等に鑑みると、本人が出院後に社会の中で様々な困難な状況に遭遇することも十分に考えられる上、本人を受け入れる予定でいる実兄は、いまだ若年であって、会社の経営や妻と2人の幼児の世話等にも気を配らねばならず、本人監護に必ずしも専念できる立場にはないものであるから、本人の予後に全く不安がないと言い切ることはできない。しかしながら、前記のとおり、本人に対する院内の処遇経過は概ね順調に推移してきており、本人の性格・行動傾向上の問題点もかなりの程度改善されているとみられること、本人は、平成10年2月23日の当庁家庭裁判所調査官による面接期日において、「過去の失敗を反省し、次に同じようなことに直面したときにどう対応すべきか考えるようになった。暴力団については、いざとなれば警察に助けを求めてでも脱退する。」などと述べ、更生意欲を示していること、前記のとおり、本人は、出院後、実兄の元へ帰住し、同人が経営する会社で鳶職として稼働する予定でいるが、本人と実兄との間には元々親和感がある上、実兄は昨年11月に妻と2人の幼児を連れて妻の実家を出て転居し、本人の部屋を用意するなどしており、受け入れ態勢に格別不備があるわけではないこと、本人には鳶職の経験があり、出院後すぐに稼働することが可能であることなどの事情が認められるのであり、以上の諸事情を総合考慮すれば、出院後の問題については、既に成人に達した本人の自覚と更生意欲に任せるのが相当であって、本人については、出院後、保護観察を実施すべき特別の事情があるものということはできない。したがって、収容期間の満了に際して、本人の犯罪的傾向は概ね矯正されているものとみることができるから、本人について更なる収容継続を行うことはできないものというべきである。
4 以上によれば、本件申請は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 土屋信)